「リクオ、」
背中から回された腕に、きつく抱き締められた。
耳元で名を呼ばれれば、膚にかかる熱い吐息と相俟って、ぞくりと震えが走る。
ソファの肘掛けに腰掛けた鴆の腕の中に座らされたリクオは、目の前に置かれた鏡から視線を逸らそうと、顔を伏せた。
「ほら、だめじゃねえか、目ェ逸らしちゃ」
けれど後ろから抱き抱えられた体勢では、そんなささやかな反抗など何にもならない。鴆の手に優しく顎を捉えられ、すぐに正面を向かされてしまう。
「……何で、」
「リクオ、」
もう一度、今度は鏡の中のリクオの目を見て、鴆が囁く。
「……先生……やだって、そんなん……」
「しばらく会えねぇんだぜ? いいだろ?」
甘えるような口調で促すと、そのまま鴆は見せつけるようにリクオの耳朶を口に含んだ。くちゅりと音をたてて舐られれば、頭が熱に犯されていく。
試験前期間に入ったから、しばらく放課後はクラスの連中と一緒に勉強する。今日は、それを伝えに来ただけのはずだった。
鴆とは特に約束しているわけではないが、付き合うようになってからは、放課後リクオが保健室に顔を出したり、都合がつけばこっそり一緒に帰ったりしている。しばらく会えなくなるなら一言断っておこうと思い、友人達と別れて保健室を訪れたのだ。
皆とは、駅前のマックで合流する約束だった。だから、名残惜しい気持ちはあったけれど、話だけしてすぐに帰るつもりだった。
なのに。
「ほら、」
再度促されて、リクオはのろのろと手を伸ばし、自分のベルトに手を掛けた。外す際の金属音に羞恥を堪えられず、また俯いてしまう。
「リクオ、」
すかさず伸びてきた指に顎を持ち上げられ、笑みを浮かべた鴆と鏡越しに目が合う。
「できねえなら、手伝ってもいいか?」
「……手伝う、とか、……そんなんもともと……っ……」
言い返すリクオに頓着せず、既に鴆の手はリクオのシャツのボタンに掛けられていた。焦れたようにボタンを外し、シャツの裾も引き出すと、前をはだけられてしまう。
下に着たTシャツの下に潜り込んだ手はリクオの膚をまさぐり、胸の粒へと触れた。
「……あっ……」
鏡の中の自分が、小さく喘ぐのをリクオは見た。
「どうした?」
白々しい問いは、楽しそうな響きを隠そうともしない。
きつく摘まれた頂は、馴染んだ愛撫に従順に固くなった。涼しい顔のまま、鴆は尖りを捏ねるよう、指先で弄ぶ。視線は鏡越しにリクオを捉えたままだ。
身体が、熱い。
羞恥で意識が眩みそうになるのに、鏡の中の鴆から目を離せない。
すべて見られているのだと思うと、余計にその手を意識した。
じんわりとした疼きに気を取られそうになりながら、言われた通り、自分で前立てを下ろす。制服の前を寛げ、鴆と目を合わせた。
リクオの話を聞くと、鴆は笑って頑張れよと言った。
優しく抱き締められて、鼓動が跳ねる。互いにまわした腕に力を込めれば、胸の内を熱が充たした。迫り上がる名残惜しさを振り切って、じゃあ、と身体を離そうとしたリクオを、けれど鴆は放さなかった。
戸惑うリクオを抱く腕が、ぎゅっと強くなる。今日はいいだろ、と囁いて、恋人はリクオを抱いたままソファの縁へと座り込んだ。
放せよ、と言ってはみても、恋人と一緒にいたい気持ちはもちろんリクオにもあって、無下に振り解くことはできない。膝に乗せられ、口付けを繰り返せば、もっと相手に触れたいと、身体が甘く疼き始める。
「リクオ、見てみろよ」
吐息のかかる近さで、耳打ちをされた。膝から下ろされ、背中を抱かれる格好で鴆の足の間に腰掛けさせられる。
「ほら、いいだろ?」
目の前の衝立には、いつのまに持ち込まれたのか、姿見が立て掛けられていた。木枠は年代を感じさせるが鏡面は綺麗で、鴆とリクオが並んで映り込んでいる。
「これなら、この体勢でもお前の顔が見れるだろ?」
鏡の中の鴆が、どこか得意そうに笑う。上気した自分の顔は気恥ずかしくて、リクオは目を伏せた。
「しばらく会えねぇんだ、……なあ、」
低い声が耳を擽って、思わず首を竦める。
言われる前から、鼓動が速くなる。こういう声を鴆が出すのは、決まってろくでもないことを言ってくるときだ。
制服の上を、愛おしげに掌が滑っていく。くすぐったさの中に不穏な疼きが生じて、身じろぎを我慢できない。
年上の恋人が言いだしたら聞かないことは、付き合い始めてから身をもって思い知っていた。
そして自分が、どんなに恥ずかしいことを求められても、鴆に触れられれば他のことはすべて頭から消し飛んでしまうことも。
耳元で、恋人が笑んだ気配がする。
「……リクオが脱ぐとこ、見せてくれよ?」
思わず顔を上げた視線の先、鏡の中で鴆が楽しげに笑っていた。
「……せん、せ……」
口の中が乾いている。
頼りなく揺れた呼びかけはまるで自分からねだるようで、羞恥に押し潰されそうになった。
「イイ子だな」
満足そうな声と共に、鴆の手がリクオの下腹へと伸ばされる。下着越しに触れ、あやすように軽く擦られた。
「……ぁん……っ……」
鏡の中で、自分が身体を戦慄かせるのが見える。堪えられずあらぬ方を見れば、胸を弄っていた手を抜かれ、再度、顎を捉えられた。
「せっかく用意したんだぜ。お前の顔、ちゃんと見せてくれよ?」
「……んだよっ……、な真似……、て……っ……んっ」
もう片方の手に自身を取り出され、リクオは言葉を途切れさせた。
「ほら、どうだ?」
「……っ……やっ……ぁは……っ」
直接的な刺激に、引き攣るような快感が四肢を充たす。背を撓らせ、リクオはびくりと身体を震わせた。
「リクオが、オレの腕の中で感じてる顔、見てぇと思って、」
悪びれる様子もなく、鏡の中の鴆が笑う。
「……悪趣味……だろ……っ……」
「お前のどんな顔だって見てェのは、当たり前のことだろ?」
言い聞かせるように続けながら、鴆の手は愛撫を休めない。
長い指に扱かれ、リクオのものは欲情を露わにしていた。溢れ出した蜜が鴆の指を濡らし、その動きとともに膚を伝う。執拗に括れを擦られて、堪えきれずに腰がびくびくと跳ねた。
正面を見れば、鴆に抱かれた自分が鏡に映っている。胸元と下腹とを責められて喘ぐ姿はひどく物欲しげで、恥ずかしさに泣きたくなった。
「……先生……っ、」
掠れた声で呼ぶ間にも、身体は熱を溜めていく。爪先まで充ちる悦に意識は眩んで、ただ一つのことしか考えられなくなる。
「もう……、やっ……あっ……」
「リクオ、」
優しい声が、促すように呼ぶ。
背筋を駆け上る快感に、身体が大きく戦慄いた。
「……あ……っ……」
ひときわ強く自身を扱かれれば、堰き止められない熱が飛沫く。
愛撫を続ける鴆の指に、自身はなおも脈打つように白濁を吐き出した。
「……は……ぁっ……」
真白に飛んだ意識が、徐々に戻ってくる。
その瞬間閉じた目をそっと開ければ、床に散った己の欲情にいたたまれない気持ちになる。
「リクオ、」
あやすように、鴆が頬を擦り寄せた。
同時に腰を引き寄せられ、鴆の下腹が押し当てられる。露骨なその熱の存在に、この後に来るものの記憶が身の奥に迫り上がった。
「……イイ子だな、」
今呼べば、きっとひどく上擦った声を出してしまう。小さく喘いだリクオに、目を細めた恋人は、鏡の中でどこか物騒な笑みを浮かべた。
「ほら、……どうすればいいか、わかってるだろ?」
ぎゅっと抱き締められれば、身の奥の熱が鴆を焦がれて疼く。
目を瞑り、リクオは下着ごと制服のズボンに指をかけた。
(了)