リクオが鴆のマンションに足を向けたのは、ほんの軽い気持ちからだった。
鴆は夜にならないと出張から帰らない。だから、午後は猩影と買い物に出かける約束をしていて、待ち合わせまでの間、ちょっと覗くだけのつもりだった。渡されてはいてもほとんど使ったことのない合鍵を使ってみたい、せいぜいそれくらいの気持ちだったのだ。
けれど訪れてみれば、主のいない部屋はやけに広く、がらんとした空間でリクオは思ってもみなかった寂しさに襲われた。ソファにもテーブルにもキッチンにも、鴆の気配は残っているのに、物音一つしない。もともと散らかっていることのない部屋だが、誰もいない、きれいに片付けられた部屋にいると、鴆が突然消えてしまったかのような気すらしてしまう。
夜には会えるとわかっている。この部屋で待っていれば、帰宅した鴆は嬉しそうに笑って、大きな手でリクオを撫でてくれるのだろう。
土産の夕飯を食べ、会えなかった間のことを話し、ソファに並んで座る。触れる肩を思い出しただけで、リクオは頬が熱くなった。
今夜は泊まっていけと言われている。
もうすぐ会えると思うほど、あと数時間がもどかしくなった。
どうしようもなく、鴆に会いたい。
唐突に込み上げた想いの強さに狼狽えて、リクオは唇を噛み締める。
今日は朝から快晴で、リビングいっぱいに陽射しが降り注いでいた。バルコニーに出れば、眼下に広がる町並みが秋の陽に映えている。
日本家屋で育ったリクオは、何度来てもこの眺めがもの珍しい。普段ならバルコニーで外を見ていると、いつの間にか隣に来た鴆に肩を抱かれ、口付けが施されて、部屋に連れ戻されてしまう。こんなふうにゆっくり景色を見たことはなかった気がする。
抱き寄せようとする鴆の腕を、じゃれるように落とされる口付けを、思い出せば身体の奥で何かが震える。騒ぐ心をやり過ごすよう、リクオは廊下を抜け、寝室のドアを開けた。
手前の壁がウォークインクローゼット、右の壁もクローゼットになったこの部屋には、ベッドが一つ置かれているだけだ。リビングの隣のもう一部屋は、壁いっぱいの本棚と机の上にまで、いつも本が溢れている。対してこの寝室は、そっけないほど物がない。
ベッドカバーの上に、リクオは勢いよく身を投げ出した。スプリングのきいた広いベッドで仰向けになれば、いつのまにか馴染んだ鴆の匂いに包まれる。
会っていないのはほんの三日ほどなのに、年上の恋人がひどく恋しい。目をつぶれば、さらに鴆の気配は濃くなった。寝返りをうち、顔を枕に埋めて、リクオははっきりと鼓動が跳ねるのを感じた。
「先生……」
横向きに身体を丸めて、小さく呟く。
瞼には真昼の光が当たっていたけれど、寝具に横たわっていれば、たやすく夜の記憶が立ち返った。リクオ、と囁く声を思い出して、身体の芯が熱くなる。不穏な衝動に戸惑いながら、思い出すことをやめられない。
幾度このベッドで抱かれたかなど、数えようもなかった。全身が優しい愛撫を、抱き寄せる腕の強さを、繋がる悦びを憶えている。枕に頬を擦り付ければ、間違えようのない疼きが下腹に生じた。
「先生、」
後ろめたさを紛らわすよう、もう一度声に出して呼ぶ。けれど応えのない相手を呼んでも、物欲しげな自身の声に羞恥が募っただけだった。
きつく目をつぶったまま、躊躇う手を伸ばす。ベルトを外し、前立てを下ろしながら、恥ずかしさに鼓動が速くなる。
こんな自分を知ったら、鴆はどんな顔をするだろう。
それでも、恋人の気配が色濃いベッドに身を沈めれば、もう我慢はできなかった。
息を詰め、自身に指を絡めてゆっくりと扱く。恋人から施される愛撫を思い出しながら、リクオは無意識にそれを真似ていた。
鴆はきっと、リクオよりもリクオの身体を知っている。抱かれるときはいつだって優しく触れられているだけなのに、すぐに身体は蕩け出して、あとはもう、されるがままになってしまう。自分も、もっと鴆にしてあげられればと思うのに、あっという間にわけがわからなくなってしまうのだ。
鴆を想って、懸命にリクオは指を動かした。
骨張った大きな手。
いつもより低い声。
目を細め、嬉しそうな鴆に呼ばれれば、それだけで胸が苦しくなった。
全身に熱い吐息をかけられ、何度やめろと言っても必ず朱い口付けの跡を散らされた。
汗ばむ互いの膚を味わい、もつれ合って、そして。
閨の記憶に、身体の芯が脈を打つ。
「……ぁあ……っ……」
望んでいた快感が背筋を駆け上がり、後ろめたさに息が止まりそうになった。頭をもたげた自身は、貪欲に快感を欲しがって、はしたなく蜜を零す。熱がじりじりと身の内を灼いて、リクオは大きく胸を上下させた。
溢れ出した蜜に触れて、指が卑猥な水音をたてる。鴆のする通り、濡れた指で先を塗り込めるよう円を描けば、腰がひくりとわななく。悦が波のようにせり上がり、リクオは何も考えられず、ただ指を動かした。
「……ぁっ……先生……っ……」
恋人のベッドで昼間から自慰に耽る恥ずかしさが、リクオを追い詰める。荒くなった呼吸に喘ぎが混ざり出し、熱に浮かされたように恋人を呼んだ。
『いいんだぜ、恥ずかしがらねぇで。もっと声出しな?』
鴆はいつも、最中にリクオの声を聞きたがった。
『うんと可愛い声で、啼いてくれよ、リクオ?』
「……ぁんっ……せんせ……っ」
言われずとも、鴆に愛されれば、最後には声が渇れるほど嬌声を上げてしまう。なのに、鴆はリクオが恥ずかしがるのを楽しんで、毎回そんなことを耳打ちするのだ。
「……は……ぁっ……ぁあ……っん……」
子どものように小さく身体を折って、喘ぐリクオの表情はいつもより切なげだった。 どれほど呼んでも、抱き寄せてくれる鴆はいない。虚しいと知りながら、恋人の匂いに寂しさを我慢できなかった。
自身を苛む指をきつくして、リクオが眉を寄せる。全身で沸騰する血が、身体の中心に流れ込んで脈を打つ。
「……ぁああ……っ……」
小さく嬌声をあげて、リクオは達した。
吐き出したものを拭って、詰めていた息を吐く。乱れた呼吸はまだ調わない。終えてしまうと、胸を覆ったのは逃れようのない自己嫌悪だった。
羞恥、後ろめたさ、虚しさ……手に負えないことに、消えてしまいたいほどの惨めさにもかかわらず、人恋しさと身の内の昂りはかえって強くなっている。まだ足りない、と訴える疼きを抱えたまま、リクオはのろのろと身支度にかかった。
「なんだ、もう終わりか?」
いきなり掛けられた声に、文字通り息が止まる。
身を起こせば、開けっ放しのドアにもたれ、鴆が楽しげな笑みを浮かべていた。
「……何で、……今日は、夜って……」
「急いで仕事終わらせて帰ってきたんだろうが。呼んだだろう、リクオ?」
「あ……」
聞いていた、とわざわざ告げられて、リクオの顔は真っ赤になる。急いでベッドから降りようとするが、歩み寄った鴆の方が一足早かった。
「ダメだろう、玄関の鍵、開いたままだったぜ」
逃れようとするリクオの手首を掴み、押し倒して鴆は笑った。顔を背けたところで、見下ろしてくる視線から隠れられはしない。
「空き巣にでも入られたかと思ったら、お前の靴じゃねえか。驚かせようと思って、こっそり覗いたんだがな」
「……放せ、よ」
精一杯強がったつもりが、情けなく声が上擦る。
「あんな可愛らしい声で呼ばれたら、放せるわけなんざねぇだろう。ただでさえ、お前が恋しくて帰ってきたんだ」
「んな恥ずかしいこと、よく言える……っ」
身の置きどころのない羞恥を紛らわせるよう、リクオは乱暴に言い返した。
「なんだよ、リクオは違うのか?」
低い、真面目な声で囁くのはもちろんわざとだ。顔だけをあらぬ方へと向けたリクオの耳元に、鴆は身を屈めた。
「なあ、もう一回聞かせてくれよ?」
ぎゅっと身を竦めたリクオの耳朶を、鴆の唇が含む。情事の始まりのように口腔で舌先に舐られれば、抑え込んだ欲情が背筋を撫で上げた。
「夜が待ちきれなかった程度には、オレのこと、待っててくれたんだろう?」
訴えるように、耳朶からこめかみ、目元へと、鴆の唇はついばんでいく。いつもと同じにじゃれつかれれば、身体は勝手に期待で疼く。
「寂しかったのはオレだけじゃなかったって、教えちゃくれねえか?」
注がれる強い視線は、見ずともリクオを追い詰めて、それ以上目を逸らしていることはできなかった。
仰向けば、間近で鴆が満足そうに目を細める。率直にリクオを乞うその目に魅入られたように、口付けを予感しながらリクオは目を閉じた。
優しく触れられたのは一瞬、唇を割って侵入してきた舌は、リクオの口腔を好きに犯していく。舌を絡められ、強く扱かれれば、気持ちよさにぼうっとなった。
拙く応じて、リクオも舌を差し入れる。笑んだ気配と共に吸われ、舌先同士を擦り合わせた。
「……んっ……せんせ……っ……」
繰り返される口付けの合間、相手を確かめるようにリクオは呼んだ。けれど言い終わらないうちに、鴆の唇が吐息ごと食んでしまう。
「……リクオ……」
放すのが惜しいと言いたげに、口付けたまま呼び返される。
幸福感に眩む心地で、リクオはただ鴆の熱に身を任せた。髪をかき上げ、頬を撫でながら、幾度も幾度も鴆はリクオを味わった。会えなかった時間を埋め合わせるよう貪られて、リクオもまた、身体中が火照り出すのを自覚する。
「なあ、リクオ、」
やっと身を離し、鴆は欲情を色濃くしたまなざしでリクオを見下ろした。
「……いいだろう? 我慢、できねえ」
喘ぐように囁いて、掴んだ手首を握り締める。
「お前も、オレのこと待っててくれたんだろ? なら、」
皆まで言わず、鴆はリクオを見つめた。組み伏せられる格好で見上げると、強い渇きが伝わって、リクオも喉を上下させる。
「リクオ?」
乞うように呼ばれれば、頷くほかはない。
身体はとうに疼いていた。どうしようもなく鴆が欲しくて、真昼の最中にもこんな気持ちになるのだと初めて知った。
「……イイ子だな、」
嬉しげに口元を歪めて、鴆はネクタイへと手を掛ける。結び目を緩め、音を立てて外すその仕草が、リクオは好きだった。
まだ恋人同士になる前、大人の男を、同時に二人の距離をも感じさせたその仕草は、憧れと寂しさの両方をリクオにもたらした。苦みの混じった胸のつかえは当時のリクオの鼓動を速くしたけれど、今リクオを揺さぶるのは、もっと直截な記憶だ。
始まりの合図となって久しいその仕草に、腕時計を外す乾いた音が追い打ちをかけて、リクオは小さく喘いだ。
「リクオ、」
自身は襟を寛げただけの鴆が、待ちきれないようにリクオの服を脱がせに掛かる。上着から腕を抜き、シャツを脱がせると、鴆はリクオの胸へと口付けた。
「……んっ……」
とうに尖っていた胸の粒を舐られて、リクオが身じろぐ。舌先で転がされ、きつく吸われれば、馴染みのある快感が身体の奥に滲んだ。
「さっきみたいに、呼んでくれよ」
ねだる口調で、鴆が囁く。
「それとも、こんなんじゃあ足りねぇか?」
性急な鴆の指が前立てを下ろし、下着ごとすべてを脱がされる。兆した自身に口付けられて、漏れそうになった声を呑み込んだ。
濡れた感触が、リクオを包む。
吐精したばかりの雄を、鴆の舌は巧みに嬲って熱を上げた。リクオがいちばん感じるよう丁寧に舐られれば、従順な身体はすぐに乱れていく。
「……ぁあっ……ぁん……っ」
我慢できず、リクオが大きく喘いだ。
膝を立て、戦慄いてしまう腰を止められない。
「イイ声だ。……リクオ、もっと、」
「……はぁ……ぁ……先生……っ……」
リクオを知り尽くした舌と指とに、強く柔く煽られる。過ぎた快感に身を引きたくとも、震える四肢にうまく力は入らない。
「……せん、せ……、や……んっ……」
どうして欲しいのかももうわからず、リクオは鴆を呼んだ。
「……リクオ、」
顔を上げた鴆は、伸び上がるようにしてリクオの頬を撫でると、優しくその身体を裏返した。
「ほら、」
「……んっ、……」
あやす声に身を任せ、リクオは膝を立てて四つ這いになる。鴆を見たくて振り向けば、昼下がりの光の眩しさに目が眩んだ。
「寂しかった、って、言ってくれねえのか?」
潤滑剤をまとった鴆の指がそっと花蕾を撫ぜ、中へと押し入る。小さく身体を震わせ、リクオは退きそうになるのを我慢した。背中越し、鴆の笑む気配と共に、遠慮のない指が奥へと入ってくる。
「……んな、こと……」
身の内を探られれば、違和感とともに掻き熾される熱がある。火照る身体は無意識にその欠片を追って、リクオの背が艶めかしくしなった。
「なあ、……寂しかったろ?」
「……って、……たった三日……っ……」
悪戯に指を動かされ、腰が跳ねる。昂ぶる膚は敏感で、波打つような感覚が身の内を充たしていく。
寂しかったと言うのは簡単だ。
本当は、会いたくて会いたくて寂しかったと、叫んでしまいたい。
けれど、呆気なく蕩けた身体が気恥ずかしくて、つまらない意地が言うものかと口を塞ぐ。
「つれないじゃねえか、リクオ」
恋人の反応を楽しむよう、鴆の声は笑っている。呑み込まされた指は花筒を解し、容赦なくリクオの腰を戦慄かせる。
「……わざわざ……言わな、……ぁんっ……って、」
「ちゃんと言ってくれねえと、」
指を抜き、鴆はリクオの背中へと身を重ねた。自身を押し当て、焦らすように言葉を切る。
「……っ……」
「リクオ、」
布地越しにも露わな熱を誇示されれば、身を一つにした記憶が全身を震わせる。
昂らせておきながらはぐらかす、意地の悪い恋人の仕打ちに言い返そうとしたとき。
微かな振動音が、足元から響いてきた。
リクオは反射的に息を止め、けれど一度は止んだ音がまた響き出して、猩影と約束していたことを思い出す。
「あっ……」
思わずあげた声に、鴆が身体を起こす。後悔したときには遅く、脱いだままの服から携帯は取り出されていた。
「……やめっ」
着信名に目を止め、鴆がわずかに眉を寄せる。
「返せ……っ……約束、して、」
「約束?」
振り向いた鴆は片眉を上げ、剣呑な表情になった。
「リクオ、そいつぁずいぶん、」
「昼だけだって……、返せ、」
伸ばしたリクオの腕をかわして、鴆が携帯を自分のポケットに収める。
「三日ぶりだってのに、冷てぇだろう?」
「だから……、おいっ……」
もつれあうままに押し倒され、鴆は再度リクオの背に覆い被さった。鴆の指が、押さえ込んだ手首をきつく握り締める。
「……妬かせて、くれるじゃねぇか」
不穏な声とともに、腰を高く引き上げられた。
続く行為を予感して、身体が強張る。幾度抱かれても、慣れるとは思えない。背中越しに、鴆がベルトを外す音がひどくはっきり聞こえる。
「なあ、リクオ、」
懇願するような口ぶりで、囁かれる。
「ずっと、お前のことだけ考えてた」
花蕾に鴆の熱を押し当てられれば、ひくつく膚を自覚してしまう。そのまま身体を割り開かれて、リクオは喘いだ。
「お前だって、そうだろう?」
迫り上がる苦しさを、浅く息を吐いてやり過ごす。穿たれた繋がりに、全身が悦で充ちる。
「オレ、は……ぁっ……」
「リクオ、は?」
揺さぶられて、深く、鴆のものを咥え込まされた。痛みとともに、期待が身体の芯を灼いて、勝手に腰が揺れる。
「……ぁっ……せんせ……っ」
「オレのいない間、どうしてた?」
貫いたまま動きを止めて、なおも鴆が答えを促す。
「……んっ……どうっ……て……」
「寂しかった、だろ?」
言い聞かせる口ぶりで言葉を継ぎながら、鴆は焦らすようにリクオの背を撫ぜるだけだ。身を犯すもどかしさに、泣きそうになる。
「……せんせ……っ……なんっ……」
「聞かせてくれねぇと、」
腰骨に手を掛けられ、からかうように揺すり上げられた。挑発されるまま、従順に身の内は過熱する。本音を堪えられるほど、物慣れた身体ではない。
「……ぁっ……さみ……し、……」
口をついた告白は、けれど無粋な振動音に遮られた。
鴆が、リクオの携帯を手に取る。再度の着信を遠く聞いて、リクオは浅い呼吸を繰り返した。
口にしてしまった気持ちは、言葉通りに言った本人を追い詰める。
寂しかったと、鴆が欲しいと、焦がれる想いが胸を覆って、ただ、もっときつく抱いて欲しいと思う。
「……ったく、健気な友達だな」
霞んだ頭で鴆の声を聞き、リクオはわずかに顔を傾けた。
「なあ、今言い掛けたこと、こいつにも言ってやれよ?」
困ったような苦笑を浮かべ、鴆がリクオの携帯をベッドの上に投げ出す。
『……若?』
聞こえてきた声に、リクオの全身から血の気が引いた。
「……ぁっ……」
伸ばした手は押さえ込まれ、きつく握り締められた。
『若、聞こえてますか?』
怪訝そうな声に、頭が真っ白になる。
「ほら、リクオ、」
耳元、触れるほどの近さで鴆が囁く。リクオだけに聞こえるよう、低められた声が耳朶をくすぐった。
「今、どうしてるか言ってやらねえのか?」
不意に突き上げられ、必死で喘ぎを殺した。鴆の熱に擦られて、身の奥の疼きが膨れ上がる。四肢へと快感が走って、全身が甘く痺れた。
「三日ぶりに会った恋人に離してもらえねえって、言えよ?」
「……っ……」
『……若……?』
知り尽くしたリクオの弱い箇所を責めて、鴆が密やかに笑う。携帯を意識するほど、快感は強く身を抉る。貫かれる律動に、何も考えられなくなった。
「押し倒されて、全部脱がされて、よすぎて堪らねえって、言えよ?」
からかわれているとわかっていても、卑猥な言葉に感じてしまう。煽られるまま、もっと強い刺激が欲しいと身体が訴える。
「それとも、お前のイイ声聞かせてやるか?」
我慢できず、リクオは高くした腰を揺らした。ねだるはしたなさを羞じらう理性も、もう弾けて消えている。
「……人のモンに手ぇ出すなって、教えてやらねぇと」
『……若、ですよね?……』
欲情を滲ませて、鴆が耳打ちする。
前にまわされた掌が、蜜を零すリクオへと指を絡めた。扱かれれば、熱を溜めた身体はすぐに追い詰められていく。
戸惑いから不信に変わった猩影の声を聞きながら、懸命にリクオは喘ぎを呑み込んだ。
早められた律動に、呼吸すらうまくできない。繋がった下肢がたてる濡れた音がひどく耳をつく。
全身が鴆を感じて蕩け、その先を欲しがって泣きそうになった。
「……ほら、」
そそのかす声音で、わかっているとばかりにひときわ深く貫かれる。抗いようのない快感が爪先から頭の天辺までを灼いた。
「……ぁああっ……んっ……」
堪らず、転がり落ちた嬌声が響く。慌てて口元を覆っても、もう遅かった。
『……若……』
「イイ子だ」
満足そうに、鴆が囁く。呆然とした声を伝えた携帯は鴆の手で電源を切られ、ベッドの隅へと放られた。
後ろから揺さぶられ、前を苛まれ、それでもまだ足りないとばかりに突き上げられる。
「……リクオ、」
荒い吐息混じりの声が、ねだる口調で呼んだ。余裕のなさを隠さない鴆に、甘い幸福感がリクオを充たす。
「もう聞いてる奴はいねぇ。呼んでくれるだろ?」
「……ぁっ……んなっ……」
もう、何も考えられなかった。身体中が跡形もなくなるような熱、そして。
「……ぁんっ……せんせ……っ……」
愛しい相手を呼んで、リクオは鴆の掌へと熱を迸らせた。
「……んっ……」
耳元で短く呻いて、鴆がなおも腰を突き入れる。二度三度と抉られて喉を震わせれば、鴆の欲情が追うように爆ぜ、身体の奥へと飛沫を注ぎ込まれた。
*
「……うん、悪ィ。ちょっと風邪ひいちまったみたいで。……ん、連絡遅くなってゴメンな。……ああ、なんか電波おかしかったよな。……いや、いいって。……うん、そうする。……じゃあ、明日学校で」
慎重に鴆と距離を取って電話していたリクオは、通話を終えて大きく息を吐き出した。さっきの電話を猩影がどう思ったかはわからない。あらためて、約束をすっぽかした謝りの電話を入れれば、つながった途端に掠れた声を心配された。罪悪感を憶えながらも、それ以上何も言われなかったことに安堵してしまう。
幼なじみは、リクオのことになると少し心配症に過ぎるところがある。鴆と付き合うようになってからは言えないことも増えて、少し後ろめたかった。
「リクオ、」
通話が終わるのを待っていたように鴆に呼ばれる。
「来いよ」
ソファに背を預けて、恋人はリクオを見つめていた。睨み返すと、困ったように苦笑を浮かべられる。
「なあ、悪かったって言ってるじゃねえか。……それに、何も言われなかっただろう?」
「そういう問題じゃねぇよ」
言いながら、それでもリクオは鴆の隣に腰を下ろした。背もたれに伸ばされていた腕が、そっと肩を抱いてくる。
「機嫌、直せよリクオ」
ぎゅっと抱き寄せられ、乞うように囁かれると、意地を張るのも潔くない気がしてしまう。
「ずっと会いたくて、つい箍が外れちまった」
離さないとばかりに首筋に顔を埋められれば、降参するしかない。
「そんなの、」
回された手に手を重ねた。
「……オレだって、」
照れが邪魔をして、つい言葉が途切れてしまう。
「オレだって?」
嬉しさを滲ませて、鴆が促す。
「……会いたかったし、……さ、」
「リクオ、」
肩を抱く腕が強くなる。
「……寂しかった、し」
「……ごめんな」
頬が熱い。いっそ逃げ出したくなって、リクオは思い切り顔を背けた。けれど温かな腕に抱き締められれば、伝えずにはいられない。
振り向いて、間近の鴆の顔を上げさせた。見返す瞳は少し驚いたようで、リクオは振り回されてばかりのお返しができたと満足する。
「……お帰り、先生」
くすぐったい気持ちで、唇を押し当てた。鴆の手がリクオのうなじへと回される。口付けが深くなるのに時間は掛からなかった。
(了)